数週間前の日曜日の夕方、長男が顔面蒼白で部屋から出てきて私に言いました。
「今、マネージャーから電話があって、同僚の一人がさっき亡くなったって」。
職場では長男がその人と一番親しい間柄だったからということで、職場のグループチャットでみんなに報告するよりも先に、マネージャーは長男に電話で教えてくれました。
親しい間柄といっても、その同僚、Pさんは61歳です。
息子はPさんのことを断片的にですが、よく私に話してくれていました。
冬場は雪が降ると通勤が難しくなるので、雪じゃない日であってもPさんが息子を朝自宅前でピックアップしてくれ、一緒に出勤していました。うちがPさん宅と職場の中間地点にあったのだそうです。そのお礼に息子はクリスマスプレゼントとしてギフトカードを渡そうとしていたのですが、Pさんは
「君みたいな子供からプレゼントは受け取れないよ」
と言って、頑としてプレゼントを拒んでいたそうです。だから息子は無理やりカードを車の中に押し込んで、逃げた?とか。
とにかく、並外れた、これまで見たこともないほどの「いい人」だったそうです。
「言っちゃなんだけど、他の同僚が亡くなったとしたら、ここまで悲しくはないと思う。なんでよりによって、あの人が・・・」
死因は突然の心臓発作。新しく買ったバーベキューセットで家族や親しい友人と楽しい日曜日の午後を過ごしていたそうです。その最中に倒れ、そのまま亡くなってしまいました。
「金曜日の夕方にはPさんが毎週仕事終わりに言うように、『じゃあみんな、また月曜日にね!いい週末を!』って帰って行ったのに」
マネージャーは息子に1週間の有給休暇をくれました。マネージャーの方から申し出てくれました。
息子はその申し出を受け、1週間ほどずっと部屋に閉じこもっていました。たまに部屋から出てくると、泣きはらしたような顔をしています。
そして、少しずつPさんのことや、他の同僚と頻繁に交わすメッセージなどについて、私に話してくれました。
息子はPさんのことを「father figure」だったのだと言いました。
父親代わり、父親的存在、理想の父親像、という意味です。
「本当のお父さんより、お父さん的な人として尊敬してた」と。
これはPさんに向けた最大級の賛辞であり、あらゆる意味で私の胸に刺さりました。
「Pさんは車を降りて、ドアを閉めた後、必ず車をポンポンって軽く叩くんだよ。無事にここまで運んでくれてありがとうって意味を込めて」
「いつもグラノラバーを持ち歩いていて、それを小さくちぎって窓から投げて、鳥にあげてた」
「そんなささやかだけど、ほとんどの人がやらないような、Pさんの優しい行為を思い出すと、本当に悲しくて苦しい」
息子はポツリポツリと話してくれました。
Pさんはちょっと前に家のローンを払い終え、車のローンを払い終え、これまで働き詰めだったけど、リタイアに向けて少しゆっくりしようと思い、秋には故郷のシンガポールに旅行することを楽しみにしていたそうです。
私はPさんに会ったことはありませんが、この知らせを聞いて、息子の話を聞いて、心がずっとざわめいていました。
息子に良くしてくださって、そして父親的な関係を築いてくださって本当にありがとうございましたという思い、人は突然いなくなちゃうんだ、そしてそれは不思議なことではないんだと改めて思う気持ち、私はどう生きていくべきなのかを真剣に考えるような心的状態、そんなこんなで思考が圧倒されていました。
同僚からも顧客からも大変に慕われ、人気のあったPさんの葬儀やパブリックビューイングには多くの人が駆けつけました。
息子はその時初めてPさんの奥さんに会って、少し話をしたそうです。奥さんはPさんから息子のことを聞いており、奥さんの方も息子と言葉を交わしたいと思っていたそうです。
後日、火葬場に向かう時、棺の乗った霊柩車が回り道をしてオフィスの前を通りました。職員一同はオフィスの外に出て、その車を見送ったそうです。
息子はこの職場のことを好ましく思っていませんが、Pさんはこの職場が大好きだったそうです。
死というのは、生きている人たちに確実に何かを残して行くものですね。
私は息子に「そんなに好きだと思える誰か、温かい気持ちにしてくれる誰かに出会えてよかったね」と言いました。本当にそう思います。そんな出会いこそが人生の宝です。
できるだけ笑顔の瞬間を増やすこと、周りの人たちを笑顔にすること。生きるってこれに尽きるのかな、というのがここ最近の私の思いです。
Pさん、ご冥福をお祈りいたします。


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